それはDVかもしれない
私は自分がDV被害者だったという意識がなかった。
付き合った男性にいろいろな意味で暴力を受けたが、
それは私が「悪い」からだと思わされていたし、従順だったら楽しい時間が続いたものと思わされていた。
日本人男性が習慣的に持っているミソジニー(女性蔑視)がDVに何らかの影響を持っているのではないかと調べてみた。
法務省「ドメスティックバイオレンス加害者の研究」
http://www.moj.go.jp/housouken/housouken03_00031.html
家父長制的な固定的な性別役割分担意識(つまり,男性は女性より優位にありかつコントロールできる地位にあり,男性・女性という「性」によって役割が分担されているという意識や価値観)が強い夫は,妻への暴力を振るう傾向があることが分かった。
(第2章)
Wikipedia「ドメスティックバイオレンス」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9
男はこうあるべきだ、女はこうあるべきだという偏見を「性的役割」(または「ジェンダー・バイアス」)と呼称されるが、東京都の調査では、性的役割分業観に肯定的な人ほど異性への性的暴力や精神的暴力に対しても寛容であるという傾向を見出している。WHOの調査でも性的役割観とDV被害の相関が指摘されている。また、同調査では、加害者は被害者に対するコントロール傾向が強いことが指摘されている。また、加害者の多くは発達障害や自己愛性パーソナリティ障害がみられる。
(同「DVにみられる傾向」より)
つまり、日本が社会的に男女同権から程遠い限り、DVは日常的にある光景と言うべきなんだ。
付き合った男3人に種類の違うDVを受けた経験があるから言います。
たまに優しくったって、「ひどい」と思うことがあるならDVなんです。
身体的・精神的・経済的な被害を受ける前に警察に相談しましょう。
日本人男性のDV率って、実はすごく多いんじゃないかと思ってます。
もちろん、女性の加害者もいるにはいるでしょう。
検挙件数を鵜呑みにするなら、男性の1/12だけどね。
- [2012/05/15 09:07]
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ミソジニーとセクシズム
どうせここに書く文章を読む人なんて多くないから
痛いことをがんがん書いても大丈夫。
って、勝手に考えて、ヒステリックなフェミニストの決意を書いてみる。
日本女性はいつまでこんな差別を耐え抜くんだろう。
私がフェミニズムを知ってから20年経つが、結局全然変わらない。
何が起きたら変わるんだろうか。
日本人が海外(欧米圏)に出るのが当たり前にならないと
自国のおかしさがわかんないんだろうか?
インターネットと携帯電話の普及で、個人が意見を発表するのは本当に容易になった。
しかし、それがフェミニズムに貢献できているかはあやしい。
日本人のミソジニーとセクシズムは蔓延していて社会的な成熟には程遠いし、
おかしいと叫ぶ人を「うるさいやつ」と排除するのはいつものとおり。
挙句に「女子力」なんてひどいセクシズムを次々と世に送り出すメディアもある。
女子力・・・奴隷心得の間違いでしょ?
AVは男が女をダッチワイフのように乱暴に扱う性描写で、さらに女性の人格を否定する。
見るものはそれがイデアだと思い込む。
いったいどうすれば世論は変わるの?
間違いに気づくのはいつ?
もしも私に子供ができたとしたら、
私の子供には日本のミソジニーもセクシズムも絶対に教えない。
そのせいで日本で生きづらくなったとしたら、他国に行けばいいと思ってる。
私が日本のテレビを見なくなったのは
ミソジニーとセクシズムばかりを見せられていらだつからに違いない。
欧米のTVにそんなものはないからね。
犯罪を美化するドラマ、銃犯罪者をかっこよく描く漫画、
ミソジニーとセクシズムにあふれきったアニメとAV。
NOと言って行こう。ツイッターにも書き続けよう。
痛いとかうるさいとか言われることを恐れまい。
私が言うことで救われる人だっているかもしれないんだ。
負けない。
- [2012/05/08 03:54]
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気がつくと「上野千鶴子」の本を2冊持ってた
旦那とフェミニズムの話になる。
というか、私が話を振る。
旦那は社会学者じゃないし、だいたい「男性」だから、
否定的な話が出てくるのは仕方ないとわかってる。
話しているとフェミニズムが紳士的(英国に代表されるような)と勘違いされてるのは気になるが、上から目線で教えるのがいやなんで黙って聞いている。
フェミニズムの話を男性とするのは実は好きじゃない。
過去に男性とそういう話でケンカになったことは数知れないし、
TVタックルで田島教授が発言すら許されないのを見て心を痛めていたから
男性との対話の道はないんだと思ってる。
では女性との対話の道はあるかというと、
この話題ではほとんどの女性とは対話もできないのも知ってる。
日本女性は従うことを美徳としていまだに教育されているから、
「女子力」に代表されるような「女性らしさ」は都合よく作られたものだと思っていない。
言っても通じない。
ふと、自分がなんでこの問題にこだわり続けるのかと考える。
実は私はこの「日本女性」としての教育(調教?)を、
ほぼ受けていなかった。
だから私は自分の言動に「女子力」を見つけられない。
そのことで思春期にはとっても悩んだりした。
あがいて見つけたのが「ジェンダー」という言葉だった。
日本女性の生涯賃金の低さ、非正規雇用で働く人数の多さ。
本当は日本ってこういう女性たちの不当労働でなりたっている。
パートのおばちゃんと派遣社員の犠牲のうえにある。
女性は年を取ったら正規雇用がないために「永久就職」にこだわるってことを喜んでる。
そして年を取りすぎたら魅力もないから結婚できないと平気で脅迫する。
女ですらこのことに何の疑問も怒りも持たないのが、
あたしには気が狂うほど頭にくるんだけど、
これをどれだけの女たちに言ったって通じないんだよね。
年を取った女は使い捨てられろって言っている日本社会がそんなにいいの?
- [2012/05/08 03:28]
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「怒り」の感情
「怒り」っていう感情は普段は必要のない感情なんじゃないかと、最近の私は思っている。
「私」が「怒る」のは、相手が悪意から「私」もしくは「誰か」の利益・人権・所有・安全(権利)を侵害したとき。
こういうとき私は言うはずなんだ。
「悪いとわかってるはず。常識でしょう。大人なんだから」
常識を知らないから怒るというより、相手が私の不利益を「わざと」招いているに違いないと思うから
相手の「悪意」に「敵意」を感じて怒るんだと思う。
好んで他人の不利益を招く人に敵意を感じない人はいない。
そうなるとは知らなかった、と言われたなら、想像力はないの?頭悪いの?と畳み掛けそうだ。
子供に感情的になって怒るとしても、
きっと「前から」注意をしていて、「何度も」教えてるのに「わざわざ」やったとしか思えない「悪意」を感じて感情的になるのではなかろうか。
自分の思い通りにならないと怒る人もいるだろう。
もちろんそういうこともある。
でもこれも運命とか神とか仏とか、とにかく自分は良かれと思っているのに結果が伴わないことへ「悪意」を感じるからではあるまいか。
自分への怒りってのもある。
それは超自我(自分があるべきと思っている姿)への裏切り(悪意)だと感じるからじゃないか。
怒りの感情とはどこに悪意を感じるか、だと思うので
人それぞれで怒るポイントが違うんだと思う。
そして「怒り」とはそれにたいする敵意の表明なんではないかと。
とすると、家族に怒るのってあんまり意味がない。
もちろんDV被害者なら怒らなくちゃいけない。むしろ怒ってくれない方が多いから困る。
そうではなく日常の言動に悪意・敵意(怒り)を感じるのなら、
相手の利益と自分の利益が合致していない何らかの理由があるはず。
相手の話しだいで互いの尊重ができることも考えられる。
逆に交渉が決裂し、互いの敵意を確認するかもしれない。
普通の人間は悪意を持って行動するものではないと思っている。
誰かの利益を侵害するためだけに行動する人は「ふつう」はいない。
自分の過失から不利益をもたらしたとき、誰もが謝罪する。罪の意識にさいなまれる。
だが、ある種の人々は誰かに不利益をもたらしても負の感情を持たない。
何が悪い(悪意)かわからない。
これが「反社会性パーソナリティー障害」、再犯を繰り返す犯罪者のパーソナリティと言われるものだ。
「反社会性パーソナリティー障害:他人の権利を無視しそれを侵害するパーソナリティー障害。」
http://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000076.html
殺人・強盗・強姦・暴行・・・・の犯罪行為にもなんの気後れもなく参加できるような人格障害。
これは歩く「悪意」なのだが、かわいそうなことに彼らの親もほぼ変わらない人物だった可能性が高い。
機能不全家庭は似たパーソナリティー傷害を子供に持たせやすい。
権利を侵害されることに慣れているので、他人の権利の侵害に何の感情も持たない。
って、何を長々と理屈っぽく言ってたのか。
「亀岡事故」の犯人たちに異常な「怒り」を持ってしまい、自分でも何でこんなに怒るのかがわかんなくって、
自分に説明したかったのさ。
彼らは教科書どおりの「反社会性パーソナリティー障害」。
生かしておくだけで立派な犯罪者ができあがる。
それがわかってても法律でどうにもできないこと。
この先の誰かの不利益を憂いながら、忘れるしかないのかと思うと
たまらない気持ちになるのは私だけじゃないはず。
無免許だから・再犯だから・反省がないから・・・ではなく、
彼らに「悪意」を感じるから怒るんだと思う。
彼らが毒牙にかけるのは、次は自分(家族)かもしれないと思えば、
誰だって「極刑」なんて「極論」を持ち出したくなるさ。
- [2012/04/25 21:25]
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なんで「金原ひとみ」が苦手なのか
文学賞をとった作品に興味を持っていられたのは正直10代まで。
二十歳過ぎてからはそれまで読んで好きだと思った路線以外は読まなかった。
世の中には、評価が高かろうと苦手な作家(作品)があるってわかったから。
いろいろあって、すっかり読書をしなくなった30代。
フランソワ・サガンみたいなもかもと思い、手に取ったのが「蛇にピアス」だった。
正直、辟易した。
ストーリーとか、描写とか、まぁ、そういうのが好きじゃないんだろう。
題材が好きじゃないんだろう・・・
と思いたかった。
そんなことはすっかり忘れてた先日。
NHKをたまたま見て、そこに金原ひとみが出ていたのでなんとなく眺めてた。
で、私が苦手だと思った理由がわかった。
彼女、ボーダー?
現在進行形でボーダーかどうかは知らないが、ボーダーと診断されたことが少なからずあるはずだ。
彼女が書く人物の言動に嫌悪感を持ってしまう私は、申し訳ないが昔からボーダーに対して苦手意識がある。
人格障害に対する一方的な偏見のつもりはない。
私はうつ病患者だし、一時期は躁鬱病だった。パニック発作もたまには起こしたりする。
ACだし、ADHD(停滞期はADDになる)だし、共依存傾向だ。
でも、うつ病やADD障害を持つ友人たちも口を揃えて言う。
「ボーダーだけは理解できない」
彼らと交友をもったことがあるから言うせりふなんである。
残念ながら彼らの行動は「私」には「イタい」としかうつらない。
自傷癖のことではなく、すべてにおいてなんとなく「イタ」く感じてしまう。
どのへん?って言われても困るんだが、なんとなくなんだ。
演技性人格障害や自己愛性人格障害。
彼らにはそういう人格障害もセットになっていることが多い。
自分も多少は通ってきた道だからかもしれない。
若いころは私も「ボーダー」だった可能性はある。
(思春期にボーダーとされることは多いので)
自分の若いころの「イタ」さを思い出すんだろうか。
どちらにしても、おばさんとしてはあまり関わりたくない世界だし、
いやなものをわざわざ直視して私にできることはほとんどないんだから、
彼女に関しては今後も完全スルーを心がけるつもりだ。
しかし、文章に自分の人格障害(わからないけどもw)が出せるってのは
すごいことかもしれない。
無自覚だとしても。
身内にボーダー患者がいるなら、理解の足しに読んでもいいかな。
- [2012/04/13 21:07]
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